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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)2773号 判決

控訴人 北海道硫黄株式会社

右代表者清算人 安部二郎

被控訴人(選定当事者) 加藤房雄

〈ほか二名〉

右被控訴人ら訴訟代理人弁護士 富森啓児

同 武田芳彦

同 大門嗣二

主文

原判決を取り消す。

被控訴人らの請求を棄却する。

訴訟費用は第一・二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

控訴人は主文同旨の判決を求め、被控訴人らは控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上・法律上の主張および証拠の提出・援用・認否は、左のとおり附加するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

(控訴人の主張)

控訴会社は被控訴人ら(および選定者ら。以下同じ。)の所属する小串鉱業所労働組合ほか控訴会社の各事業所毎の単位労働組合の連合体である北海道硫黄労働組合連合会(以下、北硫連と略称する。)との間で閉山に伴う退職金等をめぐって団体交渉を続けた席上、閉山による退職者に支給しうる退職給付金の資金としては、会社の自己資金および土地・在庫品等の処分により自力で用意しうるものとして金四億四〇〇〇万円、国の政策助成金の予定額金一億五〇〇〇万円、合計金五億九〇〇〇万円以上は調達することが困難である旨を申し入れたが、退職金規定による会社都合退職金の総額に相当する金六億一二〇〇万円の支給を組合側から強く要求された結果、最終的にはこれを容れ、差額金二二〇〇万円をさらに土地や機器等の処分により捻出して、総額金六億一二〇〇万円を、組合側の希望により項目上は会社都合退職金一本として支給することを約束し、なお退職金の支払方法・時期・源資調達等の具体的処理については、別紙添附の覚書記載条項のほか、会社が一方的に行なうことのないよう、労使の代表をもって構成する中央特別対策委員会によって労使が相談しながら実行することとし、閉山協定を締結した。右協定と同時に会社と組合側との間で取り交された右覚書第二項に記載されている増加獲得資金が、会社側で上積みを承諾した右金二二〇〇万円に該り、退職金の最終支払時である昭和四七年三月末日右資金による支払を完了するとともに右特別委員会は労務債一切の処理を了したことを確認して解散した。以上の経過からみて、右覚書第四項は、政策助成金が最低保証額として内示された金一億五〇〇〇万円を超えて支給されることに一縷の望を託して表示されたものにほかならないことが明らかであり、会社に資産のある限りこれを整理処分して移転費用その他の支払に充てる趣旨で合意されたものではない。

(被控訴人らの主張)

覚書の第四項に関する控訴人の右主張は否認する。同項で支払の約束された各債務(本訴請求債権)は、控訴会社の退職金規定や昭和四五年末の団体交渉の結果結ばれた協定等により、会社が当然支払わなければならなかった既定の債務であり、同項は、名目が何であれ、支払源資全体が上伸して会社都合退職金の総額を超えるに至った場合に右各債務の支払をなすべきことを取り決めた以外の何ものでもない。

(証拠関係)《省略》

理由

右に引用した原判決事実欄記載の請求原因事実については当事者間に争いがない。

したがって、控訴会社は北硫連との間で締結した閉山協定において、具体的には協定締結時に取り交された別紙添附の覚書によって(この点についても当事者間に争いがない。)、被控訴人らに対し、本訴請求にかかる移転費用・年次有給休暇買上金・期末手当の支払を約したものというべきところ、控訴会社は、右支払約束には支払源資が上伸して退職者全員に対する退職手当金相当額を越える資金が調達できた場合に支給する旨の条件が附されていた旨主張し、当審においてはさらに、右支給源資の上伸とは、実際には政策助成金が内示額の金一億五〇〇〇万円を超えて支給された場合をいう趣旨であると主張する。そこで、右覚書を中心として協定の趣旨を明らかにしなければならない。

《証拠省略》を総合すると、次のような事実が認められる。

昭和四三年頃から石油精製工場が公害対策上実施を強いられてきた脱硫工程から副産物として回収硫黄が多量に生産されるようになったことが主たる原因となって、供給過剰のため硫黄鉱業は忽ち採算が立たなくなり、我国最大規模の松尾鉱山以下、閉山や倒産が相次ぐ情勢となった。控訴会社においてもその例にもれず、操業継続が困難となった結果、昭和四六年六月末をもって、幌別鉱業所の硫化鉱部門のみを除いて、被控訴人らの所属する小串を含む全鉱業所における操業を廃止することとし、昭和四六年四月の北硫連との団体交渉の席上、右閉山とそれに伴う所属従業員の全員解雇を通告した。組合側も、客観情勢にかんがみ閉山の余儀ないことを結局は認めざるをえず、閉山による組合員の解雇に伴う退職給付金の獲得に全力を傾注することとなった。当初、組合側では退職金規定による会社都合退職金相当額のほか、予告手当・移転費用・年次有給休暇買上金・昭和四六年上半期分期末手当等の支給を要求したのに対し、資金難の会社側は、前記のとおり縮小された部門によって会社を存続させる上での必要もあって、組合側の要求には資金的に到底応じえず、退職給付金の支払源資としては、不動産の売却や在庫品の処分代金等を含め、会社が自力で調達しうる見込の金四億四〇〇〇万円に、政策助成金として政府の斡旋により交付される予定の金一億五〇〇〇万円を合せた金五億九〇〇〇万円しか用意できないという態度であったが、労使折衝の結果、結局、会社都合退職金の総額に相当する金六億一二〇〇万円までさらに不動産や機器類の処分等何らかの方法により会社の責任において資金調達をすることで合意に達した。北硫連としては、これを不満としつつも、上部組織である全日本金属鉱山労働組合連合会の協力的斡旋もあり、政策助成金に依存せざるをえない事情もあって、それ以上の要求を固執して妥結の機会を逸することは得策でないとの判断のもとに右合意に応じたもので、その際、幾許にせよプラスαの上積みを期待して、右金六億一二〇〇万円は全額会社都合退職金の名目で支給を受けることとした上、政策助成金が万一内示額を超えて支給された場合や、会社が労使双方の代表者によって構成される中央特別対策委員会にはかりつつ会社資産の処分等による支払源資の獲得に努力した結果、退職金の最終支払時である昭和四七年三月末までに前記目標額以上の資金調達に成功した場合には、移転費用・有給休暇買上金・期末手当の順序で計算した本訴請求額に達するまでの金額を、退職組合員に対する追加支払に充てる約束を覚書上に取り付けることができたにとどまった。右協定の結果は直ちに各単位労働組合の組合員大会に附議され、その際前記のような協定の趣旨は周知させられ、これを不満とする反対意見も(とくに小串労組において)少くなかったけれども、結局各組合とも多数決によって協定を承認する決議を成立させた。しかし、昭和四六年末に現実に交付された政策助成金は内示額にとどまり、土地等の処分も金額の折合がつかないで所期どおりに進まず、退職給付金の最終支払時である昭和四七年三月末に、会社側が責任を負った総額金六億二〇〇〇万円の支払を終えた段階で、中央特別対策委員会の席上、土地等を引当てにした資金繰りにより漸く右金額の調達をなしえたけれどもこれ以上の資金調達は困難である旨の会社側の説明を、組合側の委員も諒とし、閉山解雇に伴う労務債一切の支払を了したものと認めて右委員会は解散した。

右のような事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

右事実によって考えると、会社側が閉山解雇に伴い無条件に支払を約した給付金の総額は金六億二〇〇〇万円にほかならず、これを組合側の希望により全額会社都合退職金名義で支払った上、なお政策助成金が内示額を上回り、あるいは特別委員会にはかりつつすすめられる資金作りのための資産換価が好都合に進展して、金六億二〇〇〇万円を超える資金が退職給付金の支払に充てられるべき源資として、その最終支払時である昭和四七年三月末までに調達できた場合には、これを前記項目の順序で計算して追加支払する旨を合意したことになるから、本訴請求金に該る追加給付金の支払約束は、右のようにして支払源資が上伸したことを停止条件とするものであったと解すべきであり、そして右条件成就の事実はこれを認めることができないのである。以上のように解するときは、政策助成金が内示額を超えることには一縷の望がつながれていた程度にすぎず、また会社資産による資金調達が昭和四七年三月末までに目標額以上にできることも、特別委員会にはかりつつ行なわれるとはいっても、結局は会社側の主導権のもとにすすめられることであるだけに、条件成就の可能性、したがって右条件にかかる追加給付金請求権の権利性がきわめて稀薄なものとなることは否めないが、前述した協定妥結に至るまでの交渉の経緯、政策助成金に相当部分を依存しなければならなかった資金事情、そして協定の成立が遷延した場合にはますます会社の資産内容が悪化することが当然予想された経済情勢からみると、上述のような趣旨で協定を妥結させたことも、けだしやむをえなかったものとして首肯しうるところであって、右追加給付金の支払約束を、被控訴人ら主張の如く、法律上は無条件のもの、あるいは会社の全財産の整理処分による資金調達を停止条件の前提とする趣旨に解することは、右交渉の経緯や事後の顛末、そして小串労組においては協定の承認につき組合員中にかなり多数の反対者があったこと(被控訴人ら主張のような趣旨であれば、閉山自体は不可避的な状況下で、多数の組合員があえて反対したことを首肯させる事由は見出しがたい。)等に徴しても、かえって不自然の感を免れないところといわざるをえない。また被控訴人らは、本訴請求債権はいずれも閉山協定前から成立している既定の債権であるというが、本件のように、会社が経営に行き詰まって閉山に追い込まれ全員を解雇せざるをえず、まして退職給付金支払源資の一部を他からの助成金に仰がなければならないような事態のもとでは、既存の協約や規定上債権が発生しているか否かにはかかわりなく、実情に即応した団体交渉の結果あらためて退職給付金等に関する協定を結んで実のある解決の途を選ぶ例が世上少くないのであり、前記認定の事実関係からすれば、被控訴人らも、それと同じ前提に立った上で本件閉山協定に対し組合員大会ではかなり多くの者が反対の態度を採ったが、結局その承認議決が成立した後は、右協定を前提とした退職給付金の支払を受けている(この点は被控訴人らの自認するところである。)ことによって、個別的にも協定に対し黙示の承認をしたものというべきであって、協定前から存在する債権であるとして本訴請求をなしうべき限りでない。

してみれば、被控訴人らの本訴請求債権は、その支払約束に附された停止条件の成就が認められないので、理由なきものとして排斥されるべきであり、これを認容した原判決は失当として取消を免れない。

よって、民訴法三八六条・九六条・八九条・九三条に則り、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 室伏壮一郎 裁判官 横山長 三井哲夫)

〈以下省略〉

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